「あら!藤田さん」
「あら!藤田さん」
50年以上保育者として子どものそばにいた私。 ふがいないかったこと、苦しかったことも沢山あったけれど、
保育者であり続けたことへの後悔は全くない。
が、思いかえすと、1度だけ、「こんなはずじゃなかった~」と大泣きしたことがあった……
学校を出てすぐに保育の仕事をしてきた私はよく仲間と実践を出し合い、子どもについての「学習会」を開き、熱く語り合っていた。お互いに高め合い子どもの為の良い保育をと、一生けん命だった(若い!)
そのうち私は結婚し、子どもをうみ、やれ早番だ、遅番だ食事づくりだ、洗濯だ!となんともめまぐるしく、学習会への参加が、どんどんむずかしくなっていった。仕事に行くことだけで必死だった気がする。
そんなある日の事。いつも勉強した気になっている保育の本を読んでついた時。毎日のように集っていた
あの仲間が何人もその本で、書いているではないですか!実にイキイキと専門家として、本を出し、講演をしている近況などを語っているではないですか!それを読んだ私は何故か、自分の中の何かが爆発するものを感じた。大ごえで泣き(ワーン、)涙をふきとばして(ワーン) “私だって、私だってもっと勉強したかったよ~、
なんでだよ~. 結婚なんてしなきゃよかった、子どもなんてうまなきゃよかった! (ワーン)
あれは、なんだったんだろう。謎としか思えない。
あの爆発のあとは、泣くのをやめた。…… 3人の子どもの親となり、ずっと、保育の仕事をけん命に続けてきたのだ。もう専門家たちをうらやむ思いはいっさいない。ただただ子どものそばにいることの幸福だけが心に満ちていた。
そう言えば、20年以上も前のこと、大きな保育の研究大会に参加した時、今も毎週来て、子どもに語ってくれている、お話しおばさんの「藤田さん」。この方は、日本では有名なストーリーテラーで、米国では表彰されたこともある。今だって、あちこち図書館や、保育園、幼稚園で、語りに行っている人だ。 その、藤田さんと、その研究大会で、すれちがったことがありました。 藤田さんは講師として、私は参加者の1人として、1秒でもずれればすれちがうこともなかった人と、みんな若い保育者ばかりのなか、何千人という集まりの大会で――、
「あら!藤田さん!」
「おや!たみこさん!」
分科会がちがったので、 それだけのことですが 忘れられない夏の日のことです。
「あら!藤田さん」
「おや!たみこさん」
もう少しだけ子どものそばにいたかったなぁ~。